福岡地方裁判所久留米支部 昭和50年(ワ)113号 判決 1978年5月23日
原告 本村十四男
原告 本村ミドリ
右両名訴訟代理人弁護士 小泉幸雄
同 馬奈木昭雄
同 江上武幸
被告 西日本鉄道株式会社
右代表者代表取締役 吉本弘次
右訴訟代理人弁護士 山口定男
右訴訟復代理人弁護士 森元龍治
主文
被告は、原告らに対し、それぞれ金八一五万三、五七五円及びうち金七四〇万三、五七五円に対する昭和四九年一〇月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その一を原告らの負担とする。
この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者が求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、各金一、三一九万五、五九〇円及びうち金一、一四七万四、四二六円に対する昭和四九年一〇月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告両名は、訴外亡本村正二(昭和三六年一〇月二五日生、以下正二という)の両親であり、被告は鉄道業を営む会社である。
2 事故の発生
正二は、昭和四九年一〇月五日午後一時一〇分ころ、福岡県久留米市西町五六一番地所在の、被告の経営する大牟田線花畑三号踏切(以下本件踏切という)を自転車に乗り西方から東方に向かい横断していた際、折から試験場前駅方向から北進してきた、被告の被用者である訴外西島逸馬の運転する津福発福岡行き上り急行電車(以下本件電車という)と衝突し、腹部れき断により即死した。
3 責任原因
被告は原告らに対し次の(一)又は(二)に基づく損害賠償責任がある。
(一) 民法七一五条に基づく責任
被告の被用者である前記西島運転士は、試験場前駅を発車後、同駅から数十メートルの間は直線であるものの、それから先は線路は大きく左にカーブし、線路の両側には人家が建っているから前方の見とおしが著しく悪く、しかも本件踏切は遮断機、警報機等の保安設備のない無人踏切なのであるから、電車運転士としては、警笛を吹鳴するのは勿論、減速する等の適切な措置をとり、事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然本件電車を進行させた過失により、本件踏切を渡ろうとしていた正二に本件電車を衝突させて本件事故を惹起したものであるから、被告は民法七一五条に基づき右事故により原告らが蒙った損害を賠償する責任がある。
(二) 民法七一七条に基づく責任
(1)本件踏切西側入口付近から試験場前駅方向への見とおしは、人家、ブロック塀、樹木、せいたかあわだち草の雑草類など視界をさえぎる物が多数あること、軌道と道路が斜めに交差していること、軌道が大きくカーブしていること等から、著しく悪く、見とおし距離は五〇メートル程度である。(2)本件踏切道の一日当りの換算道路交通量は、昭和四七年七月の調査によると一九四四であり、昭和五〇年の調査によると一九五八であって決して少い通行量ではなく、また一日当りの換算列車回数は二七六回であるから著しく多い。しかも大牟田線は複線であるうえに本件踏切近くで甘木線引込線が接続されているため、本件踏切付近で上り下り電車が離合することが頻繁である。
(3)本件踏切は住宅街の真中に位置しており、近隣住民の日常の通行や付近小中学校の通学路として利用され、乗用車も通行に供し、本件事故以前にも三件の踏切事故が発生しており、踏切周辺の住民から危険な踏切として事故防止のための改善が要求されていたにもかかわらず放置され、本件事故発生後の昭和五〇年三月に至ってようやく遮断機、警報機が設置されたものである。
本件事故当時、警報機、点滅機等の保安設備が設置されていたならば本件事故の発生は防ぎ得たものであり、右のような保安設備が設置されていなかったことは、被告所有の土地の工作物である軌道施設に設置上の瑕疵があったといわなければならない。
従って、被告は民法七一七条に基づき右事故により原告らが蒙った損害を賠償する責任がある。
4 損害
(一) 正二の逸失利益 一、六四二万四、三五二円
本件事故当時正二は一二才一二か月の健康な男子であったから、本件事故にあわなければ二〇才から六四才まで四四年間稼働してこの間全男子労働者の平均収入程度の収入は得られた筈である。ところで昭和四八年度の賃金構造基本統計調査によると、産業計男子労働者(学歴計)の年額給与(平均月額給与の一二か月分と年間賞与その他を加えた額)は、二〇才から二四才までは一〇九万二、七〇〇円、二五才から二九才までは一四〇万五、一〇〇円、三〇才から三四才までは一七一万八、七〇〇円、三五才から三九才までは一八七万九、七〇〇円、四〇才から四四才までは二〇一万九、〇〇〇円、四五才から四九才までは二一一万二、一〇〇円、五〇才から五四才までは二一四万二、一〇〇円、五五才から五九才までは一六八万九、三〇〇円、六〇才から六四才までは一三五万九、〇〇〇円である。右収入のうち生活費等に要する費用は五割とするが相当である。以上をもとにし、民法所定の年五分の割合による中間利息の控除について複式(年毎)ホフマン式計算法によって事故(死亡)時における正二の逸失利益の価額を算定すると一、六四二万四、三五二円となる。
原告両名は正二の両親であるから、右逸失利益の損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。
(二) 原告らの慰藉料 六〇〇万円
原告両名は、将来の成長を楽しみにしていた次男の正二を一瞬にして本件事故により失い、その後の被告の不誠実な態度も重なり、その精神的苦痛ははかりしれず、筆舌に尽し難いものがあり、金銭に替えられないが、それをあえてなすとすれば少くとも原告ら各金三〇〇万円を下らない。
(三) 葬儀料その他 五二万四、五〇〇円
原告両名は、正二の死亡により葬儀料一七万四、五〇〇円、仏壇購入費二五万円及び納骨堂購入費一〇万円の各二分の一の支出を余儀なくされ、同額の損害を受けた。
(四) 弁護士費用
原告両名は、原告ら訴訟代理人らに本件損害賠償請求手続を依頼し、その弁護士費用として原告両名の各損害請求額一、一四七万四、四二六円の一割五分に相当する金一七二万一、一六四円を各支払う旨約した。
よって、被告は原告両名に対し各金一、三一九万五、五九〇円及びこの金員中弁護士費用分を除いた金一、一四七万四、四二六円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四九年一〇月六日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 請求原因3の(一)のうち、本件事故当時、本件踏切が踏切遮断機、踏切警報機等の保安設備の設置されていない無人踏切であったことは認めるが、試験場前駅方向から本件踏切への見通しが著しく悪いとの点及び電車運転士に本件踏切通過の際事故の発生を未然に防止するため減速の措置をとる義務があるとの点は否認する。
西島逸馬運転士は、試験場前駅を発車後本件踏切手前約一八二メートルに設置されたオフマーク(モーターへの電源を切って惰力で走行すべく指示している標識)に従って、時速四五キロメートル以下の規定速度で惰行運転に入り、本件踏切手前の左カーブに差しかかるや、通行人等に電車の接近を知らせるための警笛を五、六回吹鳴したうえ前方を注視しながら進行し、本件踏切手前約二六・二メートルの地点に至ったとき、同踏切を西から東へ一旦停止をしないまま自転車に乗って横断しようとする正二を発見し、直ちに非常制動をかけるとともに警笛を乱吹する等の措置を講じたが間に合わず、電車左前部を自転車に乗った正二に衝突させたものであって、西島運転士には電車運転士として何らの注意義務違反もなく、過失はない。
3(一) 請求原因3の(二)の(1)の本件踏切西側入口付近から試験場前駅方向への見とおしが著しく悪く、見とおし距離が五〇メートル程度であるとの点は否認する。同(2)のうち、本件事故当時、本件踏切道における一日当りの換算道路交通量が一九四四ないし一九五八であり、一日当りの換算列車回数が二七六回であることは認める。同(3)のうち、本件踏切周辺が住宅地域であること及び昭和五〇年三月本件踏切に踏切遮断機及び踏切警報機が設置されたことは認めるが、保安設備の設置されていないことが本件踏切の瑕疵にあたることは否認する。
(二) 踏切通行者が本件踏切西側入口付近において、試験場前駅方向から進行する上り電車を発見しうる最遠見通し距離は約一五五メートルである。歩行者が時速約六キロメートルの速度で歩いて本件踏切を横断するのに要する時間は五・一秒であり、一方本件踏切付近を通過する電車の速度は時速約四五キロメートルないし六五キロメートルであるから、右一五五メートルを走行するのに約一二・四秒ないし八・六秒要することとなり、歩行者が本件踏切西側入口付近で一五五メートルの距離に上り電車を発見してから踏切を横断し始めても電車が到達するまでに渡りきれるだけの時間的余裕がある。また、電車運転士から本件踏切上り線西側接触限界線における通行人を発見しうる最遠見通し距離は一七四・八五メートルであり、同じく上り線軌条中央における通行人を発見しうる最遠見通し距離は一八四・九メートルであって、電車の通過速度である時速約四五キロメートルないし六五キロメートルの制動距離は八六メートルないし一七四メートルであるから、電車運転士が本件踏切上にある歩行者を見通し距離内に至って発見し、直ちに制動の措置をとれば、横断中の歩行者と接触する危険はまずないのである。
(三) 大牟田線は乙種線区であり、本件踏切道における一日当りの換算道路交通量は一九四四ないし一九五八であり、一日当りの換算列車回数は二七六回であって、踏切道改良促進法にもとづく踏切道の保安設備の整備に関する運輸省令の定める基準によっても、本件踏切は第四種踏切として踏切警報機、踏切遮断機を設置すべき場合に該当しない。
(四) 本件事故当時、本件踏切入口には「止まれ、見よ、右左」「電車に注意」の踏切警標が設置されていたし、本件踏切周辺は比較的閑静な住宅地域であり、本件踏切から約一四二メートル試験場前駅方向にある警笛吹鳴マーク手前からの電の警笛、進行音は大きく明瞭に聞える。
(五) これら諸事情に鑑みると、本件踏切では通行者において列車通過につき通常の注意を払いさえすれば事故の発生は十分に防止することができ、踏切警報機、踏切遮断機等の保安設備の設置まで必要とするものではないというべきであり、土地の工作物である本件踏切道における軌道施設に瑕疵はない。本件事故は、正二が踏切一旦停止をなし、左右の安全確認をするなど電車の進行に注意すれば電車接近の発見は容易であるのにこれを怠り、無謀にも電車の直前を敢えて横断しようとした一方的過失に起因するものである。
4 請求原因4のうち、正二が本件事故当時一二歳一一か月の男子であったことおよび原告らが正二の両親であることは認めるが、その余の事実は争う。
三 抗弁
本件事故の発生については正二に前記のような過失がある。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 (事故の発生及び態様)
昭和四九年一〇月五日午後一時一〇分ころ、福岡県久留米市西町五六一番地所在の、被告の経営する大牟田線の本件踏切において、正二が自転車に乗って西方から東方に向かい横断していた際、折から試験場前駅方向から北進してきた、被告の被用者である西島逸馬の運転する津福発福岡行き上り急行電車(本件電車)が正二の自転車に衝突し、正二は腹部れき断により即死したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件電車は津福駅久留米駅間は各駅に停車し、久留米駅福岡駅間において急行電車となる(従って、本件踏切通過時は普通電車であった)が、定時に試験場前駅を発車し、本件事故直前時速約四五キロメートルの速度で花畑駅方向へ進行していたこと、西島運転士は本件踏切手前の左カーブにさしかかるや警笛を数回吹鳴し、本件踏切の手前約二六・四メートルの地点で同踏切を自転車に乗って横断しようとしている正二を発見し、ただちに非常制動の措置をとるとともに非常警笛を吹鳴したが間に合わず、衝突するに至ったことが認められる。
三 (被告の責任原因)
原告らは、本件事故に対する被告の責任原因として民法七一五条に基づく責任と同法七一七条に基づくものとを選択的に主張するので、まず同法七一七条の、本件踏切の保安設備欠如による瑕疵の有無について検討する。
1 本件踏切は、本件事故当時、踏切遮断機、踏切警報機等の保安設備が設置されていない無人踏切であったこと、本件踏切道における本件事故当時の一日当りの換算道路交通量が一九四四ないし一九五八であり、一日当りの換算列車回数が二七六回であること、本件踏切周辺が住宅地域であること及び昭和五〇年三月本件踏切に踏切自動遮断機及び踏切警報機が設置されたことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 右1の当事者間に争いのない事実と《証拠省略》を合わせて考えると、次の事実が認められる
(一) 本件踏切は、被告経営の大牟田線花畑駅試験場前駅間の花畑駅より試験場前駅方向(下り方向)約二〇〇メートルの地点にあり、軌道両側の住宅地域を結ぶ市道(軌道西側道路の幅員約二・二メートル、軌道東側道路の幅員約二・八メートル)と交差角七一度で交差し、本件事故当時幅約一・八メートル、長さ約一〇メートルであり、踏切遮断機、踏切警報機等の設置のない無人踏切であった(本件踏切は後記のように本件事故後に拡幅され、また自動踏切遮断機等も設置されている。従って、以下本件踏切という場合は特に断らない限り本件事故当時の本件踏切をいう。)。
(二) 本件踏切における見通しは、軌道が本件踏切から花畑駅方向については久留米駅付近まで千数百メートルの間ほぼ直線であるため同方向はかなりよく見通せるが、試験場前駅方向については、本件踏切から約一〇〇メートルの間がほぼ直線であるものの、その先は西側にゆるくカーブし、かつ後述するように軌道西側に沿って民家が立ち並んでいるため、本件踏切西側入口付近から試験場前駅方向より北進する上り電車を発見しうる最遠距離は一五三・三ないし一五五メートルである。また上り電車運転士から本件踏切西側入口付近に立つ人物を見通しうる最遠距離は約一五四メートルである。(なお、本件踏切西側入口付近において上り電車を発見しうる右最遠距離は、同地点に停止したうえ試験場前駅方向を最善の注意をもって見た場合に、軌道西側に立ち並ぶ建物と架線用鉄柱とのあいまに進行する上り電車右前部をわずかに認める距離であるし、電車運転士からの右最遠見通し距離は、同地点に静止した場合に、軌道西側沿いの建物と鉄柱とのあいまにわずかに見える距離である。)
また、東西両側道路から本件踏切に至る場合、踏切手前からの軌道の見通し状況は、東側道路から本件踏切に至るとき、花畑駅方向は同踏切の直前に同方向に分岐した道路があるため、試験場前駅方向は軌道敷地が多少広くなっているため、いずれもある程度(十数メートル)手前からの見通しが可能であり、西側道路から本件踏切に至るときも花畑駅方向については、踏切のすぐ北側が空地となっているため、ある程度手前からの見通しが可能である。しかし、西側道路から本件踏切に至るときの試験場前駅方向の見通しは、軌道西側沿いに踏切直近から試験場前駅方向へ約七〇メートルにわたり民家が立ち並んでいるため、西側の軌条の約二・一メートル西側にある踏切停止線の手前から試験場前駅方向の軌道上を見通すことは困難であり、踏切入口である右停止線近くに至って初めてこれを見通せる状況であって、踏切道の保安設備の整備に関する運輸省令で定められた見とおし区間の長さ(踏切道における最縁端軌道の中心線と道路の中心線との交点から、軌道の外方道路の中心線上五メートルの地点における一・二メートルの高さにおいて見とおすことができる軌道の中心線上当該交点からの長さ)は五〇メートル未満である。
(三) 運輸省から認可された範囲内で定められた本件踏切を通過する列車の速度は、特急、急行電車の場合は時速約六五キロメートル、普通電車の場合は時速約四五キロメートルであり、本件電車程度の列車が右の時速約六五キロメートルで走行中非常制動をかけた場合、約一七二メートル先でなければ停車することができず、時速約四五キロメートルで走行中は約八六メートル先でなければ停車することができない。
(四) 本件踏切を西側から通行する歩行者は先ず手前の軌条を通過する上り電車の有無を確認したうえ先の軌条を通過する下り電車の有無を確認し、これがあるときはその踏切通過を待つのが通常であるところ、本件踏切を西側から通行する歩行者が踏切横断前に上り通過列車を発見しうる最遠距離は約一五四メートルであるけれども、本件踏切道南側の右最遠距離内の軌道においては、よく下り電車が本件踏切を通過した後、上り電車が到来して両車が離合し、しかも電車の長さは一四〇メートル近くあるので、その場合歩行者において下り電車の本件踏切通過を待った後右両車が離合する前に上り電車を発見することは困難であり、従って上り電車に気づかぬおそれがある。正二も当時本件踏切の西側入口において一旦停止して南方を注視し、上り電車のないことを確認したうえ、北方を注視したところ、折から下り電車が進行してくるのを認めたのでその踏切通過を待ち、再び南方を一べつしたが、丁度右の下り電車と本件上り電車が離合していたので、本件上り電車に気づかず、本件踏切道を横断し始め事故に遭遇した。
(五) 大牟田線は本件踏切付近で複線であるが、本件踏切から試験場前駅方向へ約四五メートルの地点の東側軌道(下り線)に南方向からの引込線が接続されており、本件踏切を通過する一日当りの列車数は、営業電車が二二〇回、入換車両が一一二回であるので、「踏切道の保安設備の整備に関する省令」(換算率は、入換車両を〇・五、線区を通じて最高速度が毎時四〇キロメートル以下であり、かつ長さが三〇メートル以下である列車を〇・七、その他の列車を一・〇と定められている。)によると、本件踏切道における一日あたりの換算列車回数(鉄道交通量)は二七六回であった。
(六) 本件踏切周辺はかなり住宅が立ち並んだ比較的閑静な住宅地域であり、付近には諏訪中学校、金丸小学校等の学校があって、本件踏切は通学路として利用されており、本件踏切の一日当りの換算道路交通量(換算率は、前記省令により、歩行者を一、自転車を二、自転車以外の軽車両を四、原動機付自転車及び自動二輪車を八、乗用自動車を一二、貨物自動車を一四等と定められている。)は、昭和四七年七月の調査では一九四四であり、昭和五〇年七月の調査では一九五八であった。
(七) 本件踏切では、昭和四四年一二月及び昭和四六年六月の二回、いずれも西側の道路から本件踏切に進入した自動車と上り電車とが接触するなど本件事故以前に少くとも三件の踏切事故が発生しており、付近住民からも本件踏切は見通しが悪いことで危険視され、昭和四六年頃久留米市を通じて被告に対しその改善の要望をしたこともあり、また被告においても昭和四七年頃危険防止のため隣りの花畑四号踏切を廃止したうえ、本件踏切に遮断機、警報機等を設置する考えがあった。
本件踏切は、本件事故後の昭和五〇年三月、幅員が約四・二六メートルに拡幅されたうえ、自動遮断機、警報機が設置された。
3 踏切道における軌道施設に保安設備を欠くことをもって、工作物としての軌道施設の設置に瑕疵があるというべきか否かは、当該踏切道における見通しの良否、交通量、列車回数等の具体的状況を基礎として、列車運行の確保と道路交通の安全とを調整すべき踏切道設置の趣旨を充たすに足りる状況にあるかどうかという観点から定められなければならない。そして、保安設備を欠くことにより、その踏切道における列車運行の確保と道路交通の安全との調整が全うされず、列車と横断しようとする人車との接触による事故を生ずる危険が少くない状況にあるとすれば、踏切道における軌道施設として本来具えるべき設備を欠き、踏切道としての機能が果されていないものというべきであるから、かかる軌道設備には瑕疵があるものといわなければならない。
これを本件についてみるに、(一)前記認定によれば、本件踏切西側入口付近から上り電車を見通しうる最遠距離及び上り電車の運転士から本件踏切西側入口付近の状況を確認しうる最遠距離はいずれも約一五四メートルであるところ、特急、急行電車が本件踏切を所定の通過速度である時速約六五キロメートルで進行した場合非常制動の措置をとっても約一七二メートル以上先でなければ停車できない、すなわち踏切入口で見通しうる最遠距離の進行電車の確認をした通行人が踏切内に進入した場合に運転士がこれを発見して非常制動の措置をとっても列車は本件踏切を約一八メートル通過した地点でなければ停車できないのであるから、通行人が踏切西側入口で安全確認をしただけで踏切内に進入すると特急、急行電車と横断中の通行人との接触の危険はきわめて大きいこと、(二)普通電車が所定の通過速度である時速約四五キロメートルで進行した場合に非常制動の措置をとれば約八六メートル先で停車しうるけれども、本件事故当時におけるように、本件踏切南側の前記見とおし最遠距離(約一五四メートル)までの区間の軌道において、下り電車と上り電車が離合する場合がしばしばあり、その場合本件踏切を西側から通行する歩行者において下り電車の踏切通過を待った後右両車が離合する前に上り電車を発見することは困難であるので、上り電車に気づかぬおそれがあり、そのため上り普通電車と横断中の通行人との接触の危険も高いこと、(三)現に本件事故前五年間にも踏切上の上り電車との接触事故が二回起きて付近住民からも見とおしの悪さの故に危険視されてきておることと、本件事故当時における一日の列車回数が二七六回、一日の道路交通量は一九四四程度であったことなどに徴すると、本件踏切の通行は決して安全なものということはできず、本件踏切は少くとも踏切警報機を設置するのでなければ踏切道としての本来の機能を全うしうる状況にあったものとはいえず、本件踏切に踏切警報機が設置されていなかったことは前記のとおりであるから、結局本件踏切にはあるべき保安設備を欠いた設置上の瑕疵があったというべきである。
そして、本件事故の状況から考えると、もし本件踏切に右のような保安設備が設置されていたならば正二が電車の接近するにもかかわらずあえて踏切を横断しこれと接触するようなことはしなかったものと認められるから、本件事故は被告の占有する土地の工作物の設置に瑕疵があったことにより起こったものと認められる。
従って、被告は原告らに対し同人らがその子正二の死亡によって受けた損害を賠償する責任がある。
四 (正二の過失)
前記三の2の(四)の認定事実によれば、本件事故の発生については、正二にも本件踏切西側入口で一旦停止をして南方を注視し、上り電車のないことを確認したうえ、北方を注視し、下り電車が進行してくるのを認めてその通過を待ち、再び南方を一べつした際、再度上り電車の進行の有無を確認することなく踏切の横断を開始した過失があるから、これを損害賠償額を決するにつき斟酌することとし、その減額割合は三割とするのが相当である。
五 (損害額)
1 逸失利益 一、〇三九万七、一五〇円
本件事故当時正二が一二歳一一か月の男子であったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、健康であったことが認められ、右事実によると、正二は、本件事故にあわなければ高校を卒業する一八歳から六七歳に達するまでの四九年間稼働して、この間全男子労働者の平均収入程度の収入は得られたものと推認される。ところで、不法行為によってうべかりし利益を侵害された者の損害額の算出については、不法行為時に即時に金銭債権が生ずるのではなく(即時に金銭債権に変ずるのであれば、不法行為時の収入を基準として逸失利益額を算出すべきこととなる。)、右被害者には、一旦原状回復請求権が生じ、右請求権を金銭的に評価することによって、金銭債権に変ずると考えることも可能であって、そうとすれば右評価の時期は、裁判所に顕著な、労働者の平均収入は年毎に急増していることから考え、なるべく遅い時期すなわち口頭弁論終結時又はそれに近い時を基準とすることがその適正を保つ所以となる。
そこで、昭和五〇年度賃金センサス第一巻第一表によると、産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者全年齢平均給与年額は二三七万〇、八〇〇円であるので、正二が本件事故にあわなければ前記四九年間右程度の収入をうることができたであろうと推認でき、そのうち生活費に要する費用は五割とするのが相当であるからこれを控除し、また正二が稼働を開始するまでの六年間養育費として一か月二万円は要したものと推認されるから、支出を免れた右養育費用を控除し、さらに民法所定の年五分の割合による中間利息をライプニッツ式計算法により控除して、死亡時における正二の逸失利益の価額を算定すると、次の計算のとおり一、四八五万三、〇七二円となる。
二三七万〇、八〇〇円×(一-〇・五)×(一八・六三三四-五・〇七五六)-二四万円×五・〇七五六=一、四八五万三、〇七二円
しかし前記四の過失相殺によってその三割を減額するから、正二は一、〇三九万七、一五〇円の逸失利益の損害賠償請求権を有したので、原告らは正二の両親として右請求権を各二分の一宛相続したこととなる。
2 原告らの慰藉料 四二〇万円
《証拠省略》によれば、正二は健康な男児であって、学校での成績も優秀であり、原告らは正二の成長を楽しみにしていたことが認められ、本件事故により愛児を失った原告らの精神的苦痛が甚大であったことは容易に推認できるところであり、本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、原告らの蒙った精神的苦痛を慰藉するに各三〇〇万円をもって相当とするところ、過失相殺による三割の減額をすると、各二一〇万円となる。
3 葬儀費用 二一万円
《証拠省略》によれば、原告らが亡正二のために共同で葬儀費用等五九万三一〇〇円を出捐したことが認められるが、そのうち本件事故と相当因果関係があるものは三〇万円を相当と認められるところ、前記の過失相殺によってその三割を減額すると、そのうち二一万円を被告に請求しうるものと認められ、原告らはその二分の一ずつの各一〇万五、〇〇〇円の損害賠償請求権を有する。
4 弁護士費用 一五〇万円
《証拠省略》によると、原告らは被告から任意の弁済を受けられず、右債権取立のため本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人に委任し、その費用および報酬として請求原因4の(四)の金員を支払うことを約束したことが認められるが、本件訴訟の難易、請求の認容額など本件における諸般の事情を総合して考慮すると、そのうち各七五万円(合計一五〇万円)が本件事故と相当因果関係にある損害額であると認められる。
六 以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し各八一五万三、五七五円と内弁護士費用分を除いた七四〇万三、五七五円に対する本件不法行為の翌日である昭和四九年一〇月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求については失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 一宮和夫 裁判官最上侃二は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 池田憲義)